相続とは
相続、相続と言いますが、そもそも相続とは何でしょうか。
人が亡くなったとき、その方が持っていた家や土地、預金は、家族が引き継ぐ。当たり前のように思えます。しかしこれは、決して自明のことではありません。誰のものでもなくなる、という制度もありえました。国がすべて引き取る、という設計もありえました。
なぜ私たちの社会は、「家族が引き継ぐ」という形を選んでいるのか。ここでは手続きの話をいったん離れて、相続という仕組みそのものを考えてみます。
法律は、相続をどう定めているか
先に、条文を見ておきます。
民法に「相続とは、○○をいう」という定義の条文はありません。かわりに、いつ始まるのかと、何が引き継がれるのかが、それぞれ別に定められています。
民法第882条(相続開始の原因)
相続は、死亡によって開始する。
民法第896条(相続の一般的効力)
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
この2つを合わせると、相続とは——人が亡くなった時に、その人に属していた財産上の一切の権利義務が、相続人へ引き継がれること、ということになります。
短い条文ですが、読み落としやすい点が3つあります。
「死亡によって開始する」 … 届出も、話し合いも、手続きも要りません。亡くなった瞬間に、法律上はもう始まっています。
「一切の権利義務」 … プラスの財産だけではありません。借金も、保証人としての地位も含まれます。
「一身に専属したもの」は除く … その人だけに認められていた権利は引き継ぎません。年金を受け取る権利などがこれにあたります。
以下では、なぜこういう仕組みになっているのかを見ていきます。
もし、相続という仕組みがなかったら
人が亡くなると、その方に属していた権利と義務の持ち主がいなくなります。
相続がなかったら、どうなるでしょうか。土地は所有者が不在になります。預金は誰も引き出せません。その方にお金を貸していた人は、取り立てる相手を失います。逆に借りていた人は、返さなくてよくなります。
「死ねば借金が消える」社会では、安心してお金を貸せなくなります。 住宅ローンも、事業の融資も成り立ちません。相続は、遺されたご家族のための制度である前に、社会の取引を成り立たせるための仕組みでもあるのです。
民法が「一切の権利義務を承継する」と定めているのは、そのためです。良いものだけを選んで引き継ぐことはできない。冷たい規定に見えますが、この断絶のなさが、相続という制度を支えています。
亡くなった方の借金を、会ったこともない親族が背負うことがある。理不尽に感じられるかもしれません。相続放棄という逃げ道が用意されているのは、そのためです。原則として途切れさせない。しかし引き受けるかどうかは選べる。 この二段構えで、社会の要請と個人の事情を両立させています。
それでも、人は相続で揉める
法律の側から見た相続は、以上のように、かなり合理的にできています。ところが実務の現場は、まったく違う様相を見せます。
揉めるかどうかは、財産の多い少ないだけで決まるものではありません。財産が多ければ争点も金額も大きくなりますし、一方で、分けられる財産が実家一つしかない、という形の難しさもあります。どちらが揉めやすいというものではなく、ご家庭ごとに事情が違います。
ただ、ご相談の場で、こうした言葉をうかがうことがあります。「筋が通らない」「私だけ何も知らされていなかった」「親の面倒を見たのは私なのに」。
取り分の話をしているようでいて、親にどう扱われてきたかを話されているように聞こえます。
金額のつかないもので揉めることもあります。仏壇、位牌、アルバム、母親の指輪。経済的な価値はほとんどないのに、そこで話し合いが止まってしまう。
興味深いことに、法律も、この領域だけは相続とは別の扱いにしています。
お墓や仏壇は、相続財産ではありません
家系図、仏壇や位牌、お墓。これらは祭祀財産と呼ばれ、民法897条によって相続財産から切り離されています。
民法第897条(祭祀に関する権利の承継)
系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。
2 前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める。
「前条の規定にかかわらず」の前条とは、相続の一般的な効力を定めた896条のことです。つまり遺産分割の対象にならず、相続分に応じて分けることもしません。 祖先の祭祀を主宰すべき人が承継します。
承継する人は、条文のとおり ①被相続人の指定 ②慣習 ③家庭裁判所の判断 という順で決まります。指定は遺言でなくてもかまいません。
この扱いから、次のことが導かれます。
- 相続人でなくても承継できます。 相続放棄をした人でも承継できると解されています
- 承継しても取り分は減りません。 相続財産ではないため、相続分の計算に影響しません
- 供養や墓の維持を、法律で強制されることはありません
墓所や祭具には相続税もかかりません。相続税法12条1項は、課税価格に算入しない財産を列挙しており、その2号が「墓所、霊びよう及び祭具並びにこれらに準ずるもの」です。
相続は、財産の移転であると同時に、その家族がこれまで口にしてこなかったことが表に出る場面でもあります。
かつて、相続はまったく違う形をしていた
いまの相続の形は、それほど古いものではありません。
戦前の民法には、二種類の相続がありました。ひとつは家督相続、もうひとつは遺産相続です。
家督相続は、戸主が亡くなったときに、戸主としての地位と家の財産をまとめて、原則として長男が一人で引き継ぐ制度でした。次男以下やご息女は、原則として相続から外れます。しかも開始する原因は死亡だけではなく、隠居によっても生前に相続が起きました。いまの感覚からすると、かなり異質な制度です。
一方の遺産相続は、戸主以外の家族が亡くなった場合のもので、こちらは複数の相続人で分ける形でした。つまり戦前も「分ける相続」自体はあったのですが、家の財産については、分けないことが原則とされていたわけです。
なぜ、そんな制度だったのか
不平等な悪い制度だった、と切って捨てるのは簡単ですが、それでは半分しか見えません。
第一に、分けると成り立たない財産があったからです。 田畑を兄弟の人数で割れば、どの家も食べていけなくなります。商家も同じです。家業と家産を一体で維持するには、分割しないほうが合理的でした。
第二に、当時は「家」が福祉の単位だったからです。 年金も、健康保険も、生活保護も、介護保険もない時代です。老いた親、病気の兄弟、嫁いでいない姉妹を誰が抱えるのか。それを引き受けるのが戸主でした。
家督相続人は、財産を独り占めしたのではありません。財産を受け取る代わりに、一家を養う立場を引き受けたという面があります。特権であると同時に、重荷でもあったはずです。「継ぐ」という言葉には、もともと「背負う」という意味が含まれていたことになります。
家督相続は、なぜ廃止されたのか
戦後、日本国憲法が制定されます。その第24条を読んでみてください。
日本国憲法 第24条
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
第2項に「相続」という言葉が、名指しで書かれています。
憲法が、相続のあり方をわざわざ指定した。それだけ家制度が、個人の尊厳と正面から衝突する仕組みだと考えられたということです。
これを受けて、まず日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律(昭和22年4月19日公布・法律第74号)が置かれ、家督相続に関する規定は適用しないこととされました。続く民法の一部を改正する法律(昭和22年12月22日公布・法律第222号)によって、家制度もろとも廃止されます。相続人は平等に分ける形(均分相続)に改められ、配偶者は常に相続人となりました。
社会の基本単位が、「家」から「個人」へ移ったということです。
家督相続が担っていた扶養の機能は、その後、年金・医療保険・介護保険といった社会保障が引き受けていきます。家族に背負わせていた重荷を、社会全体で分かち合う形に変えた。大きな転換だったと思います。
ただし、法律が変わった日に、人々の意識まで変わったわけではありません。「家は長男が継ぐもの」という感覚は、いまも相談の場でしばしば聞きます。 法律の変化と、感情の変化とのあいだには、隔たりが残っているように思います。相続のご相談が難しくなるのは、その隔たりの上で話をすることになるからかもしれません。
平等にしたことで、新しい問題が生まれた
均分相続は、分けられる財産にはよく合います。預金であれば、割ればいいだけです。
問題は、分けられない財産です。
自宅、田畑、自社株。これらを人数で割ることには意味がありません。実務では、一人が取得して他の相続人にお金を払う(代償分割)、あるいは遺言であらかじめ指定しておく、といった方法で調整してきました。
しかし、調整されないまま放置されると、どうなるか。不動産は共有のまま、次の世代へ引き継がれます。相続人がまた亡くなり、その相続人が加わる。3人だった共有者が、次の代で10人、その次で20人と増えていきます。 面識のない親族全員の同意がなければ、売ることも建て替えることもできません。
これは意思決定ができなくなる問題です。共有者が誰かは分かっているのに、人数が多すぎて話がまとまらない。
そして、これとは別に、もうひとつの問題があります。
登記が更新されないまま、世代だけが進んでいくという問題です。相続が起きても名義を変えない。引っ越しても住所を直さない。そうすると、登記簿を見ても、いまの所有者にたどり着けなくなります。 これが所有者不明土地と呼ばれるものです。
この2つは、しばしば混同されます。共有になること自体は、所有者不明土地ではありません。 ただ、相続のたびに権利者が増えるほど、そのうちの誰か一人が所在不明になる確率は上がり、探し出す手間も跳ね上がります。均分相続は、所有者不明土地を生みやすくする条件ではあるのです。
2024年に相続登記が義務化され、2026年からは住所変更の登記も義務になりました。いずれも、この問題への対応です。詳しくは所有者不明土地とはをご覧ください。
ここで、少し立ち止まって考えたいことがあります。
家督相続の時代に、「継ぎたくない土地」という発想は考えにくいものでした。 土地は富であり、家の存立を支えるものだったからです。それが百年のあいだに、管理の手間と固定資産税だけがかかる負担にもなった。引き取ってもらうための法律が必要になるほどに。
相続という制度が抱える問題は、法律の出来不出来だけで決まるのではなく、その時代の社会と財産のあり方によって、形を変え続けているということです。
相続とは、何を引き継ぐことなのか
ここまで見てきたことを、あらためて整理します。
法律の面から見れば、 相続は権利義務の断絶を防ぐ仕組みです。誰かが引き継がなければ、契約も債権債務も宙に浮いてしまう。だからプラスもマイナスもまとめて承継させる。
感情の面から見れば、 相続は、金額だけでは割り切れない話になりがちです。分け方をめぐる話し合いの中で、ふだん語られなかったことが表に出てくる。値段のつかないもので、話が止まることもあります。
制度の面から見れば、 相続は、その社会が何を大切だと考えているかの反映です。家を守ることを優先した時代には家督相続があり、個人の尊厳と平等を選んだ時代には均分相続がある。そしていま、担い手のいない土地をどうするかという新しい課題に直面しています。
そのうえで、現在の相続制度には、よくできていると思う点があります。
法律は「誰が引き継ぐか」は決めましたが、「どう分けるか」は決めていません。 法定相続分はあくまで目安であって、相続人全員が合意すれば、まったく違う分け方をしてかまわない。実際のご依頼でも、「実家は同居していた長男、預貯金は他の兄弟へ」といった分け方をうかがいます。
この余白は、偶然ではないと思います。家制度を捨てて個人を選んだ社会が、それでもなお、それぞれの家族の事情を法律で切り捨てはしなかった。平等という原則を用意したうえで、それに従わない自由を残したということです。
ですから相続の手続きは、書類を整えるだけの作業ではありません。遺された方々が、その家族の「これまで」をどう引き受け、どう区切りをつけるのかを決める場でもあります。
私たちがご相談をお受けするとき、法律のご説明と同じくらい、ご事情をうかがう時間を大切にしているのは、そのためです。
何から始めればよいか
相続人が誰になるのか、期限はいつなのか、何から手をつければよいのか。初回のご相談で整理してお伝えします。
戸籍をお持ちでなくても、固定資産税の納税通知書だけでも構いません。何もお持ちでない状態からのご相談で大丈夫です。
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根拠・参考
- 日本国憲法第24条(e-Gov法令検索)
- 民法882条・896条・897条(相続開始の原因/相続の一般的効力/祭祀に関する権利の承継・e-Gov法令検索)
- 相続税法12条(相続税の非課税財産・e-Gov法令検索)
- 日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律(国立国会図書館 日本法令索引)
- 民法の一部を改正する法律 昭和22年法律第222号(国立国会図書館 日本法令索引)
条文は e-Gov 法令検索で現行のものを確認しています(最終確認 2026年7月27日)。